世界史の勉強の履修問題に関して質問です
世界史の勉強の履修問題に関して質問です。
受験や卒業という手続き上のことが問題になっいるのに対して、「世界史の勉強ができなかったことは、
世界史に関する知識を得る機会が与えられなかった事」自体が問題になっていないのを見ると、
何か社会全体が学校や勉強というものについて大きな勘違いをしているように思えます。
「救済策」と言って世界史を勉強する機会を与えてくれるのかと思いきや、「世界史を勉強しなくていい」
というお墨付きがその内容というのは驚きです。「世界史を勉強しなくていいということでは、
救済策ではなくて罰則のように思えます。こんな勉強しないほうが、救済になるということは間違っていると思いますが・・・。
実は勘違いをしているのは社会ではなくて私なのですか?
世界史の勉強・日本史の勉強の履修問題、責任は、現場の状況を考えてないゆとり教育の問題でしょうか?
それとも、世界史の勉強・日本史の勉強の方向性を左右する大学入試でしょうか?
世界史の勉強・日本史の勉強を含め、指導要領がいけないんじゃないでしょうか?
結局勉強のほとんどはいい大学、就職先に進むためだけにやっているものですし、世界史の勉強・日本史の勉強をしても
専門的な方向に進まない人たちには必要のない世界史などは浅く勉強するだけで十分なのです。
世界史の勉強などを深く学びたい人のためには選択制にしてちゃんと世界史の勉強出来るようにしたほうがいいとおもいます。
世界史の勉強・日本史の勉強や数学の勉強してて損はないけど、数学のインテグラ?とか将来必要になる人はほんの一部だと思うし。。全員が学ぶ必要はないのでは??